カナタは倭国リワードホールに新たに展示された妙な物体――大きなキノコをぼんやりと眺めていた。
彼が倭国に着任してきたときのことを思い出しながら。
「ぼくの初イベントでさんざん引っかき回してくれたアイツだったけど……」
妖精サーラ。
青白に輝く妖精、キノコ好きでイタズラ好きの妖精、サーラ。
お母さんが消えゆくその時でさえ、彼女はいつもと変わらぬ傍若無人さを発揮した。
悲しくないの?
そんな風に心の中で問いかけながら、カナタは目を閉じ、先日の出来事を思い起こすのだった。
………………
…………
倭国EMホールで、執事スワンソンがみんなへの依頼を語る。
「今日はスカラブレイにある大工工房「Builder's Delight」のマイスターから、みなさまへの救援要請が来ております」
旧知の大工マイスターからの依頼のようだ。どうやら彼の弟子に、少々手を焼いている様子。
倭国の冒険者達は今日も躊躇せず、新たな何かを求めて現地へ向かったのだ。
そして、Builder's Delight。
活気があるといえば聞こえは良いけれど、なんだかやたら散らかっている。それも、どう見ても失敗作らしき家具の残骸が。
マイスター・バイエルンはほとほと困り果てた表情で、冒険者達に事情を話す。それによると、弟子のティムが芸術家にかぶれてしまったのか、作るもの作るもの、ちょっと気に入らないと言っては壊し、材料を浪費してしまうらしいのだ。
もちろんここに集まった冒険者達は、材料を集める苦労も知っている者ばかり。
「みなさんからひとつ……ガツンと言ってやってもらえねぇかな?」
そんなバイエルンの頼みを受け、使いから帰ってきたティムに対し思い思いに諫言を口にする。
「ガツン」
「ガツン」
「ガツーン」
「ガツンと!」
「がつん」
「がちょーん」
まったく頼りになる冒険者達だ。
でも、ティムは聞く耳を持たない。二人は冒険者をそっちのけで江戸っ子のような口げんかを始める始末。
「ケチケチすんなぃ! この唐変木の朴念仁オヤジ!」
「言いやがったな……このコンコンチキのスットコドッコイの表六玉の三太郎!」
やがて、頭に血が上ったマイスターは怒って出て行ったんだけど、間が悪くそんな時にお客さんがやってきたんだ。
貴族の使いと名乗るその男、ベネットが取り出したのは、輝くような純白にうっすらと青がまざった……ぼくにはかすかに見覚えがある、あの色をした板だったんだ。
冒険者の間からもため息が漏れるほど立派な木。相当貴重な物らしいけど、どうも大至急でこの木で作った家具が必要らしい。で、やめておけばいいのに、ティムはマイスターの承諾もなしに家具作りを引き受けてしまったんだ。
「さてと……くれぐれも大事に扱わないとな」
なかなか殊勝なことを言って、作業に取りかかるティム。
そして寸刻ののち。
作業台の上には、見事に壊れた椅子がひとつ。
さすがにマズイと思ったティムは、以前マイスターから聴いていたこの木が取れる場所へと泡を食ってひとり飛びだしたんだけど、そこにマイスターが帰宅したのだ。
冒険者からひととおりの事情を聴いたマイスター・バイエルンはもちろん激怒。
「戻ってきたらタコ殴りにしてやる!」
とてもさっき、体罰はダメだよな、などと言っていた人とは思えないセリフを吐きつつ、壊れた椅子に目をやると……なぜかひどく狼狽してしまった。
なんでも、この木を伐採するとやっかいなモンスターが沸くらしいんだけど、どうも様子がおかしい。他にも秘密が隠されているような雰囲気で、冒険者達にその森へ向かうように懇願するマイスターだったんだ。
そして、ところ変わってスカラブレイ郊外の泉のほとり。
追っかけてきた冒険者達の制止を振り切って、目当ての木に斧を振り下ろすティム。
当然のように木を一本切り倒すごとに現れるガーディアンモンスター。
いきなりの戦闘にも動じず、立ち向かう冒険者達だったけど、かなりの苦戦を強いられた。ティムが我に返ったときには、大勢の冒険者が森の地面に転がってうめき声を上げていたんだ。
さすがに悪いとは思ったティムだったけど、とりあえず唯一残った大きな樹を切ってしまおうと斧を振り上げたその刹那。
樹とティムの間に忽然と現れたひとりの女性。
彼女は哀しい目でティムを見つめ、そして、口を開いたんだ。
「……なぜこの子達を……殺してしまうの?」
単に珍しい樹がほしかっただけのティムは狼狽、そしてその言葉を振り切るように、樹に向かって強引に斧を振り下ろす。
「そう……あなたは知らないのね」
斧が樹に深く食い込む音の狭間から、その女性――マーユの言葉がティムの耳に届く。でも、それでもティムは手を休めない。
「この樹は……わたし」
美しい樹と、それと同じ色をしたマーユの色が変色してゆく。
「あなたが切り倒したのは」
青ざめ……紫に変わる。
「わたしの子どもたち」
そして、灰色に。
ここへ来てようやくティムは、マーユの言葉を理解した。
彼がさっき切り倒した樹は彼女の子ども。その子ども達はやがて妖精へと生まれ変わり、マーユの元を巣立つ。そしてマーユは、また次の子ども達を育ててゆく。
永き時、ひたすらこれを繰り返してきた種族。
そして、彼が今斧を打ち付けている樹は、子ども達である妖精の樹の守人、マーユの言わば本体。
それがなくなることは、マーユの死を、そして、二度とその子ども達である妖精が生まれてこなくなることを意味しているのだ。
ティムは慌てふためき、取り乱す。自分の過ちを、彼は本気で悔いていた。
でも、マーユは……妖精の母はそんな彼にさえ微笑みを向ける。
「そういう天寿も……あるものですわ」
人間には理解できない潔さ。
でも、ティムは人間なのだ。
消えゆく彼女を揺り起こし、必死になって彼女たちを滅ぼさずにすむ方法を聞き出した。
その方法は、彼女の子ども達の中でも格別の知性と力を持つ妖精が持っている「苗木」、それをマーユが生きているうちにここに持ってくれば、彼女は消えてしまっても、次の「妖精の母」を誕生させることが出来るというもの。
マーユ本人を助ける術がないことに落胆しつつも、ティムはその苗木を取りに行くことを決意したのだ。
そう、マーユの子、知性と力を兼ね備え、イタズラ好きのキノコ好きな、あの妖精が待つマッシュルームケイヴへと。
マーユのため、そして必死で自分たちに頭を下げるティムを助けるために、一時はティムを見放しかけていた冒険者達も共に向かったのは……言うまでもないよね?
そして、案の定マッシュルームケイヴでは、母への仕打ちを感じ取っていた妖精サーラが、モンスター達を召喚し、問答無用で襲いかかってきた。
でも、冒険者達はもとより、ティムも逃げることなく立ち向かい……ついに苗木を手に入れたんだ。
サーラはとにかく怒っていた。
でも、なんとかティムに苗木を託してくれた。
「消えてゆく、わたしたちの母さんに、よろしく言っといてよね?」
母を失うこと。
その絶望も見せず気丈に振る舞う彼女の別れの言葉。
「じゃ……」
その最後の言葉にだけ、彼女の本当の気持ちが表れていたのかもしれないって、ぼくは思ったんだ。
あとは語るべきことは多くない。
苗木を受け取ったマーユは、最後の力を振り絞り、自分の生命を、使命を、すべてを苗木に託し、妖精の樹の守人としての生涯に幕を閉じた。
そして、後悔を胸に、ティムは立派な職人として、この苗木の「守人」として生きることを誓ったんだ。
…………
………………
カナタは再びゆっくりと目を開ける。
目の前のキノコを見ていると、サーラが今にも現れそうな錯覚を覚える。
「一度、アイツともゆっくりしゃべってみたい……ようなそうでもないような」
曖昧なことを考える。
でも、再び彼女が冒険者達の前に現れることは、きっと当たり前の未来。
そのように感じている自分に気付き、カナタは苦笑しつつ、懐からさっき届いた便りを取り出した。
―― 前略 カナタさま、スワンソンさま
こんにちは。
スカラブレイBuilder's Delightのティムです。
このあいだはホント、世話になりました!
あのあと工房に帰ったおいらを待っていたのは、親方のげんこつと、そのあと肩に置かれたぶ厚い手のひらでした。ちょっと泣いてしまったのはナイショです。
冒険者のみんなが心配してくれていた依頼は、親方の協力でなんとか無事終えることができたんです!
おいら、がんばるから、みんなにもそう伝えてください。
ティムより
便りの間からひらりと落ちた一葉の写真をカナタは拾い上げた。
それを見つめて、微笑んで……大きく頷いた。
そして便りをそっと懐に押し込んで、カナタはご機嫌にリワードホールの片付けを始めるのだった。
あらためまして、カナタです。
新年あけましておめでとうございます。
そして、今回のイベントにご参加のみなさま、本当にありがとうございました。
やはり新年初イベントということで、張り切ってみたわけですが、登場したモンスター達も少々張り切りすぎてしまったようです。物語重視のつもりが、すっかり死にイベントになってしまい、恐縮している次第でございます。
反省点は終了後のMeet&Greetで、たくさんのご意見をいただきましたので、今後にきちんと活かしてゆきたいと思っております。
が、厳しい戦闘が差し込まれるイベントであったにもかかわらず、みなさまからは物語の意図を汲んだ発言を場面場面でたくさんいただき、本当に感激しつつイベントを進めておりました。
これだけ多くの方にご参加いただけるEMイベントです。
みなさんにもっと楽しんでいただけるよう、倭国を更に盛り上げる一助になれるよう、今年も張り切っていこうと思っております。
本年も、どうぞよろしくお願い申し上げます!
EM Kanata