「カナタさま、お疲れさまでございましたな」
ぐったりと椅子に座り込んでいる紫ローブの青年がその声の主の方へとゆっくりと頭を向ける。
「……ありがと、スワンソン。でも、そのかなた『さま』っての、やめてくんないかな?」
青年の名はカナタ。
この倭国の地で新たにEM(イベントモデレーター)として就任した。
「ステキなお客様がたくさん来てくださって、よろしゅうございました」
この倭国EMホールの執事であるスワンソンは……なぜか執事なのだ。なぜ執事が必要かはわからないけれど、イベント準備に疲れ切っていたカナタに、いつの間にか話をつけて、このポジションにおさまってしまった。なってしまったものは仕方がない。
「ほんとに……一時はどうなることかと思ったけど、最高の式典になったと思うよ」
ホール二階、事務室の机には、スワンソンが給仕した珈琲がふんわりと湯気を立ちのぼらせている。
カナタはそれに手を伸ばし、顔のまえで香りをゆっくり愉しみながら。
目を閉じて、素晴らしい今日を思い出すのだった。
………………
…………
……
まったくひどい目にあったものだ。
ここしばらく、この日のために街をかけずり回ってきたというのに……あの時の衝撃は今も忘れられない。
そう、なかば強引にうちにやってきた、自称イベント請負人Raisa the MC(ライサ)。アメリカンなノリの良さを信じたボクがバカだった。
「主役は時間ギリギリに飛び込んでくるのがいいのよ!」
そんな彼女の言葉を信じて、意気揚々とやってきたのは21時半。
立ちくらみを感じつつ、座り込む。
「……だ……誰も……いない?」
あとで知った本当の開始時間からすでに30分以上も経った頃。誰もいるはずがない。
一方、実は21時に開始されていた記念式典は……
執事Swansonの晴れがましい前口上に始まり
鮮やかな原色の服を着込んだライサの調子のよい演説へと続き……
なぜかぼくは……美しい妖精Saara(サーラ)に一目惚れ。イベントを放ったらかしにして失踪してしまったことに……ヒドイや。こんなことして、一体ライサは何を考えているんだ……。
でも、どうやら集まってくれた冒険者のみんなはそんな展開にかえって腕が鳴るようで。
ライサの指揮の下、捜索を開始!
捜索隊は早速、ぼくが宿泊していたらしいニュジェルムが誇る豪奢な宿「Restful Slumber」に急行!
いやあの……泊まってないんですけど……。
しかしそんなぼくをそっちのけでなぜか見つかる……かなたん日記。
書いてない……っていうか、なにそのタイトル。
どうやらぼくは、妖精サーラに嫌われないようにおめかしをはじめたみたいです……。
Tailorで服を整え
貢ぎ物の宝石を買い込み……
吟遊詩人から口説きの歌を授かり……もう……やだ……。
でも、さすがは倭国の冒険者。実在しない被魅了モードのカナタへと着実に近づいてゆく。そしてたどり着いたのは、なぜか潮風心地よいニュジェルムビーチ、海の家!
その頃、独り寂しくEMホールでワインをあおりはじめたぼくのことなんか置いてけぼりで、ライサは妖精サーラのゲート番Bellに詰めより、カナタの居場所を問い詰める。それでも余裕を見せるBellだったけど、とうとうカナタの居場所に通じるゲートを開いたんだ。……不気味な別れの言葉と共に。
そして、冒険者達がたどり着いたのは……Mashroom Cave、別名キノコの洞窟だったんだ。
もちろん一斉に飛び込む勇敢な冒険者達。
でも、そこで待ち構えていたのは、夥しい数の妖精族。色とりどりで綺麗……とか言ってる場合じゃなくて、大乱戦!
イヤらしい魔法を使う妖精がひしめく洞窟を、突き進む冒険者達! そんな中ライサは何か楽しそうに動き回っていたんだ。
そして妖精達を一掃した冒険者達だったけど……カナタは見つからない。
そりゃぼくはその頃、EMホールでヤケ酒だったしね……。
でも、落胆し、警戒を緩めない冒険者達とは対照的に、たくさんのキノコが生えた空間で、楽しそうに、そしてのんきに腰を下ろしたライサ。しかも発言が何かおかしい?
そしてついにライサがその正体を。
ライサ自身が妖精サーラだった!
……ん? この妖精……見覚えが?
それはさておき、すっかりだまされた冒険者を、そしてEMホールで放置されているカナタを笑いながら、こんな台詞と共に妖精サーラは消えていったんだ。
「ただのイ・タ・ズ・ラ♪」
そして少し経って……冒険者達はゲートをくぐってニュジェルムシティ、倭国EMホールへと帰還。でも、そんな彼らが見たものは……ステージ上、入り口に背を向けてワインをあおるカナタ……そう、ぼくの姿だった。
あの時、ぼくはステージの後ろ、砂岩の壁を見つめながら放心状態。
なんだか扉が開いたような気がしたけど、それにも気づかないくらいぼーっとしていたっけ?
でも、空耳のように聞こえていたざわめきがだんだん大きくなって。
そのざわめきの中に、確かにぼくを呼ぶ声があって。
本能でぼくは振り向いた。
ここからは、そんなに書くことがない。
ひたすら暖かいみなさんの歓迎に、ずーっと胸がいっぱいだったから。
でも、ひとつだけ。
あの妖精サーラは、何日か前、イベント準備に明け暮れるぼくの前に現れ、この紫のローブをほしいってねだってきたヤツだった。今回のことはきっとそれを断られた腹いせ。でも、ホールの外に忽然と現れた奇妙な色の特大キノコからは、来てくれた人みんなが取ってもまだ余りあるお土産のサッシュが用意されていた。
キノコの洞窟からやってきたあの妖精の計らいに違いない……と思う。
いたずら者の妖精流の……歓迎?
いつかまた会える日が来るような気がする。
その時は……文句を言ってやろうか。
それとも……。
…………
……
回想から覚めたぼくの手の中にある珈琲は、すっかり冷えてしまった。
ぼくはカップに残っていた珈琲を一気に飲み干し、立ち上がる。
「スワンソン。とってもステキなイベントだったね」
ぼくが飲み干したカップを下げていたスワンソンは、たいした反応も見せず階段をおりつつ、でもふと足を止め、こちらを振り返る。
「……これからでございますな」
それだけ言って、ゆっくりと階段を下りていったんだ。
さて、非常に遅くなってしまった、倭国EMホール落成記念式典の回想記事でした。
このあと、引き続きMeet&Greetが行われ、今まで飛鳥担当ながら倭国のイベントも担当してくださっていたMisakiさんにもご登場いただき、ご来場の皆さまと楽しいひとときを過ごさせていただきました。
イベント全体を通じて感じたことは、倭国のみなさんの暖かさです。
ポカも多かったし、ツッコミどころも満載でしたが、本当にみなさんに支えていただいて成功できたのだと感じています。M&Gでも申しましたが、EMの性質上、私は倭国に居を構えるプレイヤーではありません。ですから倭国のことはまだ本当に知らないのです。
でも、この日のイベントと参加者のみなさんのおかげで、ここ倭国で頑張れる自信がつきました。
少しずつ、倭国を、そしてそこで暮らす人たちのことを知ってゆきたいと思います。
どうぞよろしくお願いいたします。
EM Kanata